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NPO法人ニュースタート事務局関西

直言曲言(代表コラム)

顕在と潜在

ある団体の調査によると『引きこもり』は129万人いるという.驚くべき数字である.1998年の10月から引きこもりの支援活動を始めてから満5年以上が経過した.年々私たちの会に参加する人々も増え,引きこもりが増加していることは実感している.『増加する』というよりも『顕在化しつつある』というのが実態に近いのかも知れない.
  それにしても129万人という数字はなかなか実感できない.顕在化している引きこもりの実態は把握できるのだが,潜在している引きこもりの実態はどうして把握できるのか?例えば,私たちニュースタート事務局などの活動に関わっている人たちは『顕在化』することによって,ある意味で引きこもりから脱出しつつある人であり,潜在している人こそ真の意味で『引きこもり』であるのかも知れない.

 誤解を恐れずに言うと,私たちニュースタート事務局の活動に当事者本人が参加し,例えば関西で行っている『鍋の会』などに参加している人は,引きこもりの最大の特徴である『対人恐怖』は既に克服済みの人が多い.『対人恐怖』が消えたからと言って,引きこもり症状がすべて解消しているわけではないが,最大の難関でもある『対人恐怖』が克服されているということは,既に引きこもりの定義の一部である『6ヶ月以上,自宅に引きこもって社会参加しない』(斉藤環著『社会的ひきこもり』PHP新書)状態を克服しており,引きこもりの定義にも含まれない.つまり『引きこもりではない』ともいえるのではないか?

 ニュースタート事務局関西の鍋の会や例会,若者の会,女性の集い(などさまざまな活動を行っている)に参加している人は,親に経済的な依存などをしつつも,既に明らかに『社会参加』をしており,友人をつくり,対人恐怖を克服している(人に会えない状態から脱している)のだから,引きこもり状態から脱しているのである.

 私たちの『若者の引きこもりを考える会』に参加している親御さんたちにも言えることだが,『親の会』などに両親が参加していても,親が引きこもり問題について議論している(中には愚痴のこぼしあいに終始している)だけで,当事者本人が具体的な活動に参加できなければ,引きこもりからの脱出は覚束〔おぼつか〕ないし,一歩も踏み出せない.

 私にとって,引きこもりの支援活動とはこうした当事者本人達の『社会参加』を支援する活動であり,彼らの日々明るくなっていく顔色を見ていることは楽しくて,やりがいを与えてもらう活動である.ところが,私たちには見えない,つまり潜在している真性の『引きこもり』が解決の糸口さえつかめず孤立し,日々苦吟しながら,絶望の淵にたたずんでいる.こうした人々が,それこそ100万人もいることを思うと,愕然〔がくぜん〕として『道遠し』と思うのである.

 親御さんの相談を受けると,そんな引きこもりのかたちを知る.自宅から一歩も出られず,知らない人から顔を見られることすら畏〔おそ〕れている人がいる.それどころか両親とも顔をあわせず,口もきかない人もいる.私たちは,そんな人には訪問部隊(レンタルお姉さん=NSP=ニュースタートパートナー)を派遣し,いわばコミュニケーションの押し売りをして活動への参加を促す.今のところ,何とかコミュニケーションできるところまで漕ぎ着けるのが8割,活動参加にまで至るのが5割という確率である.もちろん,これは親御さんがニュースタート事務局関西という団体を知り,相談を持ちかけていただいた中で『重症』と思われるケースへの対応結果である.

 これは私たちなりの対応や努力をさせていただいたケースであるが,私たちには手を出せないケースも世の中には多数存在する.いわゆるメンタルヘルス系のホームページの『悩みの掲示板』などに寄せられている『相談』ないしは『独り言』などの書き込みである.ちなみにこのホームページにもリンクされているいくつかのページがあり,ためしにアクセスをしてみて,彼らの悩みを覗いて見られればよい.おそらく100万件を超える悩みが寄せられているのは事実なのである.

 統合失調症,鬱病,〇〇性人格障害,○○妄想症,○○恐怖,そして引きこもり….自称なのか,お医者さんから宣告をされたのか分からないが,ありとあらゆる種類の不安や対人恐怖などが語られ,その克服への努力がつづられている.多くは医者から与えられた薬を飲んでいるが治らないとか,自助グループに参加したがそこでも疎外され,より孤独になったとか,カウンセリングに通っているがカウンセラーが自分の苦しみを理解しないとかの悩みである.
  幸いなことに,たいていの掲示板では『レス』という名の悩みへの『助言』や『励まし』が寄せられる.悩みの投稿者はこの『レス』によって一時的な『救済』を得る.『助言』や『励まし』を与える人のほとんどは,実はほとんど同じ悩みを抱える人たちであり,それだけ優しい気持ちの人ばかりであるのだが,渦中にある人だから適切な脱出法,具体的な解決法が提示できていないのも事実である.

 それなら,経験豊富な精神科の医師やカウンセラー自身が,これらの悩みに答えて上げればと思うし,事実そうした試みをしているホームページもある.しかし,投稿者の多くは,医師や投薬やカウンセリングに対する『不信感』をぶつけており,『専門家』のアドバイスなど信じはしない.
  もうひとつ,私たちのような『民間支援者』がアドバイスする方法もある.これも実例はいくつもあるが,うまく行っていない.投稿者は掲示板上のヴァーチャルな対象に語りかけているのであって,私たちがその不毛さを説き,リアルな解決法を示そうとすれば,とたんにシャッターを閉ざすか,悪魔からの語りかけがあったように,罵〔ののし〕って拒絶するのがオチである.

 私たちは『社会的引きこもり』の支援を目指しているのであり,あらゆる『精神障害』の救済を目指しているのではない.『引きこもり』に共通する社会的背景やストレスについては克服する道筋を知っているが,リアルな人間との対話を拒否し人間不信を前提に,ヴァーチャル世界でしかコミュニケーションが出来ない人とは対話が困難だと感じている.しかし,それが統合失調症であれ.鬱病であれ,ましてや○○性人格障害など精神科医によって恣意的な病名をつけられているほとんどの人と対話が可能であることを経験的に知っている.

 問題なのは,彼らの多くが精神に失調を来した時,その社会的背景やストレスに思い至るのでなく,『異常者』として病院に追いやり,薬に依存させ,病名のレッテルを貼り,孤独と絶望の淵に追い込んでしまうシステムなのである.彼らは,既に親に気遣われることもなく,親に救済を求めることも出来ず,ヴァーチャルな掲示板の中での対話に逃げ込んでいる.

 たまに,こうしたインターネット・サーフィンの中でニュースタート事務局関西のホームページを見つけ,『悩みの吐き捨て』だけではない『リアルな人間の息吹』を発見して『鍋の会に参加させて』と言ってくる人がいる.親に連れてこられるのでなく,こうした自主的アプローチによる参加者は,対人恐怖の克服がむしろ早い.残念なことに,これまでのそうした参加者はせいぜい5年間で150人余である.親が引きこもり問題に関心を持ち,親が相談を寄せていただかなければ,多くの真性引きこもりたちは,潜在的な引きこもりとしていつまでも温存されている.引きこもりを生み出しているのは『社会病理』であり,親の責任とはいえない.しかし,リアルな社会関係を断ち切ってしまった潜在引きこもりに『社会参加』のきっかけを提供するのは親の責任である.

(2月4日)