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NPO法人ニュースタート事務局関西

直言曲言(代表コラム)

直言曲言 第292回  心を開く

 春は地方出張例会のシーズンである。地方と言っても近畿地方の都市に限られる。いつもは毎月大阪府の高槻市で「引きこもりを考える会」の例会が行われている。高槻市が協賛してくれており会場の借り賃が無料になるうえ、高槻市の広報紙にも掲載してくれている。広報紙を見るのは高槻市民に限られているのに良く参加者が途切れないものだと感心している。他都市の人は、高槻市まで出かけてくるのに遠すぎる人や開催を知る手段がないために来られない人が多い。大阪府周辺の兵庫県、和歌山県、奈良県、滋賀県、京都府などから各府県一都市を選んで開催する。全国紙の各府県版ページやローカル紙・ラジオ番組などが広報してくれるので毎回かなりの人数が集まる。春にこの会合を開くのは、春が引きこもりの季節だからである。引きこもっているのは年中のことなのだが、この時期、3月・4月はとくに引きこもりにとって心静かではなく、荒れたり錯乱したりということが多い。卒業や進学のシーズンであり、同世代の人の動向を聞いたり、気にかけたりすることで心静かにはいられない。子どもたちの気持ちが荒れれば、親たちも何とかしなければと動き出す人が多いのである。

 ところがこの地方出張例会を始めたころから奇妙なことに気付いた。近畿各府県の県庁所在地で開催することが多いが、ふたを開けてみればかなりの数の参加者がいるにも関わらず、その都市からの参加者はおらず、周辺都市からの参加者ばかりなのである。県庁所在地は交通の便もよく、高槻市の例会にも参加しやすいが、周辺都市の人々にとっては貴重な機会であるのかなと考えたりしたが理由は不明のままだった。ところが今年の例会ではからずもその理由の一つが判明した。


 例会では会場の入り口近くで受付をし、参加者に氏名を書いてもらう。氏名と住所、引きこもっている本人と参加者の続き柄などだ。ところが今年の会場では署名を拒否する人がいた。高槻市の例会でも毎月一人くらいは署名を拒否したり明らかな偽名を書く人がいる。住所の聞き取りは「ニュースタート事務局関西」の月次会報を送付するためなのだが、中にはこのような会合に参加したことを子どもたちに内緒にしていたり、ご近所の人に知られたくないからと郵便物を送付する場合には「ニュースタート事務局関西」などの組織封筒は使わず、「個人名で送信して」などと頼まれる人もいる。こちらは秘密結社でも非合法活動を行っている組織でもあるまいしそんなことをするのは不本意であるのだが、一々問答をするのは面倒なのでそんな人には通信を送付するのはお断りしている。だが今回は署名拒否だけでは済まなかった。住所氏名を署名してもらうのは4名連記ほどの用紙だが、その用紙を見て「他人に住所・氏名を見られてしまう」と抗議する人が現れたのだ。確かに、署名をすれば他人の住所・氏名ものぞき見ることができる。不特定多数の人の名簿等を販売する業者もいてその流出は「プライバシーの侵害」として問題になることもある。受付担当者はまさかそんなことが署名者の不利益に繋がるとは思わなかった。「腑に落ちない」気持ちも抱きつつ「通信送付以外にこの名簿は使いません」と答えたが、付近にいた他の参加者の中にはこの抗義者に同調する人もいた。会が始まって、司会者は一通りの挨拶をした後、いつものように参加者の自己紹介を兼ねて問題体験を話して頂くようにお願いした。


 ところが、最初の参加者は「私は話を聞きに来ただけであって、自分の子の話をするつもりはありません」と応じた。確かに不特定の他人が集まる場で、自分の話をするのは勇気のいることだ。司会者が次の人を指名するが同じように自己紹介を拒否する人が相次いだ。こうなると先ほどの受付での悶着もあり、「私たちは新聞でこの会合を知って参加したが、ニュースタート事務局なんて良く知らないし、どんな団体であるのか信用もしていない。そんな場で秘密を暴露せよと迫るなんて人権侵害ではないか」とまるで人権侵害事件の糾弾集会のようになった。そこでもう一人の司会陣であった女性の事務局長は「私たちはみなさんのプライバシーに関しては十分に配慮するように気を配っている。お子さんたちの引きこもり体験について経験交流を目指しているのだから、自己紹介をして下さらなければ話は始まらない」と多少語気を強めて発言した。すると別の参加者が「私は子どもの引きこもりで困っているから参加をしたが、ここでお話をするのが恥だとは思っていない。私から話させて下さい」と話しの口火を切った。参加者の大部分は我が子の引きこもりについて相談したい人たちばかりなので、その後は事なきを得て自己紹介が続いた。


 「どんな団体であるのか信用していない」と言うのはニュースタート事務局関西に対する「不信感」をぶつけているというよりはどんな団体に対しても、あるいはどんな人に対しても原則として「不信感」でもって接するという態度ではないか?確かに今の社会は、最初から人も団体も信用してかかっていてはひどい目にあわされるのかもしれない。プライバシーの侵害事件も良く耳にする。不特定多数の名簿を売買するのは犯罪である。しかしその名簿で知らないところからDMが送られてきたからと言って、それは被害事件と言えるだろうか?世間の人がそういう反応をするからと言って、同調してしまっていては、インフルエンザが流行すればインフルエンザにかかってしまうようで、全く主体性がない。引きこもりがはやると真っ先に引きこもりに感染するようなものだ。これは比喩ではない。引きこもりの真の原因はともかく、症状の第一は対人恐怖や人間不信である。自由主義という名の競争社会の中で、常に人に騙されまいと疑心暗鬼でいることは子どもたちにとって「人を信じる」ことや他人との共同作業を通じて社会参加をしていく希望を奪い取っていく。その都市の参加者が少ないというのも、知人に出会って子どもが引きこもりであることを知られまいとする防衛本能だったのだ。私たちが考え続けて来た引きこもりの原因の一つがこんなに身近なところにあったのだ。


 子どもたちが社会の元気な一員として、育っていくためには家族を閉ざして家族だけの秘密を守っていてはいけない。家族を開いて他人を家族に迎え入れるようなオープンマインドこそ必要だ。親たちがまず心を開くのが引きこもり解決の第一歩である。

2010.03.08.