直言曲言 第253回 カンバン方式
10年ほど前、引きこもりの支援と相談を始めた頃、就労経験を聞くと「キカンコウ」をしていた」と耳慣れない言葉をよく聞いた。「キカンコウ」という職種は知らなかったが、「惨めな経験をした」というイメージではなく、むしろ「バリバリ働いていた」という感じで話していたのであまり気にしなかった。「キカンコウとして働いていた」という人が複数以上になって、「キカンコウ」とは何かが気になり始めた。しかも私の場合「キカンコウとして働いていた」というのは全て愛知県での話だった。のちになって分かったのは「期間工」つまり期間従業員や期間契約社員のことだった。愛知県に集中していたのはトヨタ自動車工業に期間工が多かったからである。期間工は自動車産業に限らず電子部品の組み立て産業にもあるらしいが、当時隆盛を極めていたトヨタ自動車には特に多かったらしい。しかも私が初めて耳にしたのは10年前の話だが、その時彼らは「働いていた経験」を過去形で話していたので実際にはその期間工というのは10数年以上前からの話になるらしい。私が気になったのはどうも彼らが引きこもりになったのは、その期間工として働いたという経験と関係があるらしいと気づいたからであった。
親から話を聞いていると「昔は期間工としてバリバリ働いていたのに」今は引きこもりになってしまったというので、その期間工としての働き方に問題があったのではないかと思ったまでである。期間工とは期間契約社員であるが、派遣社員ではなく自社採用の季節契約社員である。待遇は派遣社員よりも恵まれていて、短期間に稼ぐにはもってこいの職場だと言われていた。その代わり、仕事はきつくて職場の労働者間のコミュニケーションも少なく、使い捨ての職場だったそうである。これを聞いて私は「トヨタの生産方式」として世界的に有名な「カンバン方式」というのを思い出した。
トヨタの「カンバン方式」と言えばトヨタの生産方式として有名だが、カンバンの意味が分からなかった。カンバンと言えば「看板」のことだと考えたが、単に「トヨタ」の看板を出すという意味ではないらしい。カンバンとは「部品の納入時期や数量を書いた納入指示書」のことでこれにより本社の「仕掛かり在庫」を最小に抑えるシステムのことでジャストインタイム生産方式という。在庫を限りなくゼロにするというのだから、生産コストは小さくなって良いことのように思えるが、それほど良いことづくめではなさそうだ。トヨタ本体では在庫が少なくなるが、ジャストインタイムと言われるように部品などを納入する下請け会社の方では注文を受けると納入期限までにすぐさま納品しなければならない。つまり、在庫は本社ではなく下請け会社の方で準備しなければならない、在庫のコストもすべて下請け会社が負担するシステムなのである。これがアメリカのGMなどビッグスリーを抜いて世界の優良会社と言われるトヨタの実態なのである。
製造業で材料仕入れの時間ロスや、製品在庫をゼロにする。つまり注文があれば下請けに命令してすぐに材料を注文し、組み立てて販売する。これならリスク負担や損をする心配はない。おまけに労働力も期間工で閑散期の人件費は負担する必要がない。これぞ究極の資本主義的生産方式で、会社としては理想的ではないか。こんなずる賢いシステムを考え付いたのは誰なんだろう。まさにこのカンバン方式と期間工というのは同じ発想法で生み出されたのに違いがない。労働力が必要になれば、トヨタの工場には「期間工募集中」という看板が掲げられたのではないか。
日本の製造業は世界中でも優れたシステムであると言われたことがあった。その多くは「合理化」と言われる無駄を省くシステムであった。トヨタの「カンバンシステム」とは
仕掛かり在庫をゼロにするシステムとして有名であり、労働力も閑散期には待機社員をなくし「無駄」に支払われる人件費をゼロにしてしまったのだ。
在庫を少なくしたり無駄をなくす「合理化」は一見ほめたたえられるシステムにも思われるが、これは実際には在庫を少なくしたりしていない。「カンバン」というのが「部品の納入時期や数量を書いた納入指示書」であり、これが提示されると下請け業者は遅滞なく定められた期日までに数量を届けなければならない。ということは下請け業者は常にどんな注文にもこたえられるだけの在庫を用意しておかなければならない。逆にいえば、下請け契約業者はどれほど在庫がたまっても本社からの注文がない限り納品することすら許されないのである。これは本社の利益を守るために下請け業者に不利益を押し付けるシステムではないか。
最高利益をあげてきたトヨタでも今年は新車販売台数が大きく落ち込むという。仕掛かり在庫のないトヨタ本社の在庫負担は限りなく少ない。生産ラインが縮小すれば当然期間工は募集されないだろう。契約社員どころか派遣社員やパートなど余剰労働力はすべて切られるのだろう。正社員でさえ、大幅な削減が予測されている。トヨタ自動車は一流超大企業だが、その下請けには名だたる自動車工業から零細な町工場まで大小の企業がひしめいている。愛知県の豊田市や田原市、刈谷市などはトヨタの企業城下町と言われた自動車産業都市である。昨年前半までは、全国の都市が不景気でも愛知県のこれらの都市は景気が良いと言われた。トヨタが不景気になると、今これらの都市は戦々恐々である。トヨタは「カンバン」を下して黙り込むだけで良いが、無数の下請けは在庫がたまり、納品することもできず、当然それらの工場でも期間工や契約社員、派遣社員、正社員までの首切りが横行する。これらの都市では新年度は法人税の90%が減少してしまうのではないかと恐れているらしい。
かつて北海道夕張市は財政破綻として有名になった。大阪府もタレント弁護士知事が職員に対し「あなた方は破産会社の社員だ」とほざいた。愛知県の各都市はそんな状況で済むのだろうか。トヨタとその関連会社や下請け会社の影響で法人税90%減の危機はその通りなのだろうが、それだけで済むとは思えない。首切りで失業率の激増もまぬかれまい。所得税は国税だとしても、県民税や市民税の激減も間違いない。商店街やスーパーの売上も減るに違いない。
中部圏以外に住む引きこもり諸君。今あなたは無職ですか。しばらくは焦らずに、無職であるという立場に甘んじましょう。財政破綻するであろう地方自治体と、中央政府が何をしてくれるのか見極めようではありませんか。
2009.02.09.