直言曲言 第248回 夢
前回に続いて同じテレビ番組の話題で恐縮だが先日のビートたけし司会のバラィェティショー番組。実はNPO法人ニュースタート事務局の理事長二神能基氏が出演するとかで見ていた。番組全体としては一部だが「夢」というテーマで、今年の北京オリンピックでソフトボールチームのエースとして金メダルを獲得した上野由岐子が登場しおおむね「青少年よ夢を持て」のようなことを言う。その後二神氏が登場し「『青少年に夢を持て』と言うな」という論陣を張るというようなものだった。バラィェティ番組としては意欲的な構成で、どんなことになるのか注目した。二神氏自身も意欲的で、ファクスで出演予告をしてきたほどだ。二神氏の登場と「『青少年に夢を持て』と言うな」との発言までは良かったが、その後が続かなかった。さすがのビートたけしは二神氏の発言を理解したようなフォローをしていたが、その他の出演者や演出陣は何のことか理解できず、発言と番組はしりすぼみに終わってしまった。
夢を持つということは良いことだ。しかし大人達が「夢を持て」ということは信じない方が良い。夢とは現実ではない。現実でないから夢というのかもしれない。現実社会に希望が持ちにくい時に人は「夢を持て」というのかもしれない。戦後すぐ大学進学率は5%くらいだった。その後学制改革がおこなわれて新制大学ができた。敗戦で人々は財産を失った。人々はみな貧しく夢も希望も持てなかった。子どもたちへの教育だけが将来への希望だった。私はその中でもとりわけ貧しい暮らしをしていたが、大阪の釜が埼というスラム街に暮らしながら、大学進学の夢を持っていた。私が大学に進んだのは昭和39年だが、そのころ大学進学率は20%前後まで進んでいた。そのころ日本の経済成長はかなり進んでいて、成長のひずみがかなり見え始めていた。公害が蔓延化し、今で言う格差社会も進んでいた。大学で学んだことは、その格差社会の傷の広がりばかりで、学生運動が盛んであった。全共闘運動は敗北して、夢追い人の多くはサラリーマン社会に入って行った。その後も大学進学率は増えつづけ、21世紀の今では短大進学者とともに50%を超えるという。昔の大学進学者は「末は博士か大臣か」と言われ、私たちの時代さえ医者や弁護士あるいはエンジニアーになるのが大学に入る人の夢であった。バブル経済が崩壊した後は就職冬の時代とか就職氷河期と言われ、大学進学希望者全員入学といわれる今日では、大学を卒業しても希望の就職先はなく、引きこもりたちも早く目覚めた人たちは大学進学を唯一の道などと思わなくなっている。
大人達は、自分はともかくとして、子どもや若い人には夢がないといけないと思い込んでいる。だから、希望や夢が見つけにくい時代にこそ若い人に「夢を持て」と言いたがる。中学や高校を出て普通に就職ができる時代であれば「夢を持て」などと言われなくても希望を持って生きていける。希望があれば、結婚もして、子どもも持って生きていけるのではないか。子どもを育てるという人類創生以来の夢を持てなくしたのは誰だろうか。女性の社会参加とか、保育所が少ないとか見当はずれのことを言っているのは誰だ。
若者たちが大衆的に夢だと思っているのは何か。いや若者たちではない。ひょっとして親たちの夢であるのかもしれない。高校野球もその一つだろう。2大新聞社が主催する春と夏のあの高校野球。甲子園に出場するのは三十数校だろうが、全国で何千校という高校が予選を戦い、甲子園で優勝するのは一校だけ。その先にはプロ野球のドラフトがあり、最近では米大リーグに入る選手も少なくない。契約金も何億円や何十億円ともいわれる。まさにアメリカンドリームというやつか。最近はジャパニーズドリームという言葉さえ聞かれる。野球だけでなく、パソコン、IT、実は株ころがしが身近な大金儲けとして若者の夢になっているようだ。高校野球というのは確かに美しい。炎天下に泥まみれになりながら白球を追う様は感動的でさえある。また野球は見る側にしても娯楽として最上級品である。しかし、あれが何億円の夢につられた若者たちのあさましい姿だとしたら、私の高校野球を見る思いも変わっていかざるを得ない。
この10年以上は野球だけでなく、サッカーも同じだ。ブラジルの名選手が何億円もらっているとか話題になりだしたら、いつの間にかJリーグが始まり、ヨーロッパリーグで活躍する選手もあらわれ、年収何億円の世界だ。一方で、就職がないとか、派遣社員だとか、臨時社員、ニートなどと言われ、就職が決まった人も内定取り消しの憂き目を浴びているというのに、他方で何億円の夢を抱かされ、これではハローワークで就職にもつながらない手続きをさせるよりもサッカーの練習でもさせてくれた方が早いかもしれない。
若者たちは何も一獲千金の夢を見ているだけではない。宝くじで三億円当たるかもしれないが、そんな夢を楽しむゆとりもない。サッカー選手になる夢を持てないものにはLOTOくじを買えとでも言うのか。馬鹿にするのもいい加減にしろ。
確かに野球もサッカーも得意でない人もいる。男の子なら野球もサッカーもやったことがないという人は少ないかもしれない。しかし高校の野球部に入る前に断念してしまう。女の子には、そんな夢は持てないのかと思っていたら、16歳の女子高校生がプロ野球チームに入団したという。あのソフトボールの上野由岐子がずいぶんもてはやされるなあと思っていたら、こんな伏線だったのか。お願いだから女子高校生に言いたい。こんな夢に踊らされて、プロ野球選手になることなんて夢見ないでほしい。
「夢を持て」というのは野球やサッカーだけではない。スポーツは苦手でも、少しひょうきんなだけで、いや最近はひょうきんではなくむしろ口下手であってもTVの人気者になりたくて、吉本興業の門をたたく人が増えているという。昔は大学卒の就職希望先の人気ランキングで東京海上火災などという保険会社がランキングされたが、今では吉本興業なども上位にランクされるのだろうか。それでなくてもTVのM−1とかR−1というコンテスト番組は大変な人気で、応募者多数だという。夢の登竜門と言わけだろうか。若者たちが、普通に学んで普通に就職をし普通に生きていく道を選ばなければ、為政者たちは知らないうちにさまざまな夢のコンテストを用意していくだろう。M−1、R−1は何の略号だか知らないけれどそのうちA−1からZ−1までそろうだろ。B−1は野球で、S−1はサッカーかもしれないが、H−1なんてのは兵隊検査、徴兵検査かもしれず、あわてて受けない方が良い。とりあえず大人が「夢を持て」などというのは信頼しない方が良い。
2008.12. 5.