直言曲言 第187回 「会者定離」
一期一会[いちごいちえ]というのは茶道の教えで「人に会うのは一時のことで、大切な出会いだから大事にしなさい」という意味らしい。茶道の難しい教えなど分からないが会者定離[えしゃじょうり]のほうは耳慣れた言葉であり文字どうり「会った人は必ず別れる」という意味であろう。昔の歌謡曲の一節に「会うが分かれの初めとは知らぬ私じゃなかったが…」というのがあり、会者定離というのもその程度の意味だと理解していた。
ところで会者定離なんて言葉をどこで覚えたのだろう。私は『平家物語』の有名な冒頭の一節にあるものだと、てっきり信じていた。調べてみると『平家物語』の冒頭は
『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹(しやらさうじゆ)の花の色、盛者必衰(じやうしやひつすい)の理(ことわり)をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵(ちり)に同じ。…』
とどこまで行っても『会者定離』など出てこない。思うに『諸行無常』の具体例として盛者必衰という言葉が出てくる。盛者必衰・会者定離というのは対の四字熟語としてよく用いられる。高校の国語教師が『平家物語』の解説のついでに、会者定離という言葉を教えてくれたのだろう。
『会った人は必ず別れる。』当たり前の定理である。別段、特別に世の無常を嘆いた言葉とも思わない。『祇園精舎の鐘』とはどんな音がするのか知らないが『諸行無常の響き』とは聴く人の耳が少々おかしいのではないかと思う。耳なし芳一など盲目の琵琶法師が琵琶の音を響かせながら切々と謡うと世の無常を嘆いているかのように聞こえるから不思議だ。無常観の代表のように言われる鴨長明の『方丈記』にしても『行く川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず…』と当たり前のことを言っている。同じ水がひとところに滞留していれば変だが、流れていくのだから当たり前なのだ。どうも平安・鎌倉のころの人は考える事が大げさで、川の水が流れるさまを見てさえ、世の無常を嘆いてしまう。世紀末といわれる所以だからだろうか。20世紀末であった平成も豊かな社会のはずなのに、若者に職はなく、未来を夢見る事ができなくなった社会を嘆く気持ちは分かるのだが…。
『会った人が別れる』のは当然だが、会者定離には『生まれたものは必ず死ぬ』というこれまた当たり前のような意味が含まれているらしい。生きている人間もいずれは必ず死ぬことなどいつの時代も人々が知らない時代はなかったはずなのに、ことさらにこのような事を強調するのはなぜだろう。平安時代は平氏や藤原氏などの全盛時代。だからこそ『おごれる人も久しからず』や『盛者必衰の理』などが強調されなければならなかった。少しは無常観をテーマにした文学も必要だったのか。バブル崩壊とともに始まった平成の世は、『失われた10年』とも言うのだから、バブル崩壊で全財産を失った人もいるだろう。今こそ人々を勇気付けるような文学が必要なのかもしれない。
人の死ということでいえば、先月2月末に逝った弟の死には打撃を受けた。すでに私は父の死も母の死も経験している。父や母の死は打撃ではなかったかというとそうではない。大いに泣き悲しんだが、どこかで老年である父や母の死は覚悟していた節がある。悲しみはしたが驚きはしなかったと言える。弟は当然ながら年下である。歳の近い弟の死は応えた。彼はまだ59歳であり、がんであった。発病して半年ほどであったが、闘病生活に憔悴した様子もなく、若い時とそれほど代わらなかった。通夜の席で横たわっている弟を見ると死んでいるのが信じならなかった。身内の死をいつまでもめそめそと嘆くなどみっともないが、それほど兄弟仲がよかったわけではない。むしろ仲違いばかりしていたような気がする。私も弟も意地っ張りなところがあり、似たもの同士でそりが合わなかったのかもしれない。いつも会って酒を酌み交わすわけでもなく、ただどこかで生きていて幸せに暮らしてくれていればよかった。そんな弟だったが血を分けた兄弟というが、死なれてみるとなぜか我半身が削られたような気がして力が抜けた。兄弟の死とはこんなものか。どこかで生きて、自分とは別の生を味わっていてくれると思っていたものがもう生きてはいない。当たり前のような悲哀を知らされた。
ニュースタート事務局にたまに尋ねてくる友人がいる。5〜6年前にいた若者の名前を挙げて『○○君はもういないのか』という。『いない』というとひどく落胆したようなそぶりを見せ、おまけにニュースタート事務局の人気がなくなったかのように気の毒そうに言うのだ。何をするにも一緒に行動し、家族のように行動していたのだから、そこにいなくなったのは家族の崩壊のように思うのだろう。ニュースタート事務局は引きこもりの若者を次々に受け容れはするが、いつまでもたむろさせておく場所ではない。時がたてば『卒業』して、いなくなるのは当然である。共同生活寮に入寮しても、3日もすれば人馴れし、大抵はアルバイトに出かけるようになる。2年もすれば寮生活にも飽きて、次々に旅立って行く。5年も6年も在寮した人はいないし、そんな人がいつまでもいれば大変である。これも『会者定離』の一種であろうか。私としても、旅立って行った若者が久々に帰ってきて挨拶に来てくれるとうれしい。しかし卒業した学校じゃあるまいし、引きこもっていたニュースタートの寮を懐かしんで帰ってくる人などいなくてもよい。まさに『行く河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず』である。新しい社会に出て、新しい友達を得る。昔のことなど振り返らなくてよい。私はそれで満足している。
会者定離とは出会った人にも必ず離れなければならない別れが来る。そんなことを教えるための言葉だろう。別れた人が、再びめぐり合う。それもまた喜びだろう。私も別れた人にめぐり合いたい。
2007.03.22. 西嶋 彰